Nogizaka Journal

坂道シリーズ:乃木坂46/欅坂46のエンタメニュースサイト

少女でもアイドルでもなく、表現者・平手友梨奈

Keyakizaka46 1st Album "Masshirona Mono wa Yogoshitaku Naru" Promotional Event at Shibuya Tsutaya: Costume for Silent Majority Music Video

僕は、グループとしては乃木坂46の方が圧倒的に好きだ。齋藤飛鳥を始め、考え方や価値観に共感できたり、その特異さに惹かれたりするメンバーがとても多いからだ。ただ、楽曲だけに限ってみると、欅坂46の方が好きだ。大人への反抗だったり、自分の中の抑えがたい衝動だったりを、パフォーマンスまで含めて見事に歌い上げる欅坂46は素敵だと思う。特に僕は「エキセントリック」が好きで、自分のテーマ曲だとさえ思っている。乃木坂46の楽曲にも共感できるものはたくさんあるけど、「エキセントリック」ほど心を掴まれた曲はない。

その欅坂46の背骨として、結成当時から不動のセンターとして牽引しているのが平手友梨奈だ。

平手友梨奈の「凄さ」の本質が分からなかった

平手は凄い、という話は、様々なインタビューを読んでいて知っていた。欅坂46のメンバーのみならず、乃木坂46のメンバーからもそういう話が出る。また雑誌には、アイドルという枠を越えて、様々なアーティストたちが欅坂46を支持する記事があり、そういう記事の中でも、平手友梨奈の凄さに驚く反応が載っていたりする。

しかし僕自身は、自分の感覚として、平手友梨奈のどこが凄いのか、きちんとは理解できていなかった。

もちろん、外側の情報だけからでも、平手友梨奈は十分に凄いと感じる。デビューは弱冠14歳。最年少メンバーにしてセンターに抜擢された。憑依型とも呼ばれる圧倒的なパフォーマンスで度肝を抜き、不動のセンターとして欅坂46を支えている―。しかし、そういう情報では捉えきれない何かが、彼女にはあるはずだと思っていた。

僕は、乃木坂46のライブに行ったことがない。欅坂46にしても同様だ。欅坂46のMVを見る機会はある。しかし僕自身は、欅坂46全体、あるいは平手友梨奈単体のパフォーマンスを見ても、自分の言葉で凄さの本質を捉えられないでいた。MVを見て、「凄い」とは思う。思うのだけど、その凄さが何から来ているのか、ずっと分からないでいた。

また、欅坂46をきちんと追いかけていたわけでもないので、乃木坂46のインタビューが載っている雑誌に平手友梨奈のインタビューが載っていれば読む、という感じでしか彼女の考え方を知る機会はなかった。平手友梨奈の凄さについて、気にはなっていたのだけど、自分の中であまり掘り下げることはしなかった。

そんな状態で、「ロッキング・オン・ジャパン」2017年12月号(ロッキングオン)の付録を読んだ。平手友梨奈を特集するブックレットのような中身で、そこに長大なインタビューが掲載されていた。ビビった。そうか、平手友梨奈はこんなレベルで物事を考え、行動をしていたのかと驚愕した。そして、彼女の凄さの一端を理解できたような気がした。

「表現者」であるということ

平手友梨奈は「表現者」だ。

「『これを伝えたいんだ』っていうのはあります、『このライヴを通して』とか。そういうものがないとできないです、逆に。私はストーリーがないとできない。私の切り替えもあるんですけど、逆にそのストーリーがあるから、そっちの波に乗れば行けることもあるから、そこは(振り付けの)TAKAHIRO先生とも相談しつつ今後もやっていかなきゃと」(「ロッキング・オン・ジャパン」2017年12月号特別付録/ロッキングオン)

乃木坂46にも、「表現者」だと感じるメンバーはいる。生田絵梨花や若月佑美、昨年卒業した伊藤万理華などが代表的だろう。しかし乃木坂46の場合、「表現者」としての表現の場は、乃木坂46としての活動以外の場所であることが多いように感じる。生田絵梨花はピアノやミュージカル、若月佑美は絵画やデザイン、伊藤万理華は映像作品やファッション、あるいは女性誌のモデルなども乃木坂46以外の表現の場と言えるだろうか。

繰り返すが、僕は乃木坂46のライブにも行ったことがないので、どんな感じなのか分からない。しかし、メンバーのインタビューを読んでいる限りは、先程引用した平手友梨奈の発言ほどに、ライブの演出などに自分の考え方を投影させようとするメンバーはいないように思う。生駒里奈は、いかにライブで自分を表現するか、そして乃木坂46全体を輝かせるかを考えていると感じるが、しかし「私はストーリーがないとできない」というほどの決然とした意思までは持っていないように思う。

乃木坂46は、アンダーライブも有名で、パフォーマンスとしてはアンダーライブの方が圧倒的にレベルが高いという話も聞く。しかしこちらにしても、「こうしたい」「この方がいい」と主張するメンバーはもちろんたくさんいるだろうけど、「こうじゃなきゃ出来ない」とまで言いそうなのは寺田蘭世ぐらいだろうか。うん、寺田蘭世からは確かに、平手友梨奈に近いものを感じる。寺田蘭世も、平手友梨奈と近い境遇に立たされれば、近い雰囲気を醸し出したかもしれない。

表現すべきものを引き寄せる力

しかし、平手友梨奈の「表現者」としての資質は、努力や実力や才能ではない部分にも及ぶ。

彼女は前述した通り、「憑依型」とも呼ばれる。楽曲やパフォーマンスの世界に憑依して圧倒的な表現を見せるのだ。しかしインタビューの中で彼女は、こんな発言をしている。

「(筆者注:楽曲『不協和音』について)全然わからないし、あまり憶えてないんですよね。周りのみんなからの視線をすごく感じる時もあったし、いつも何かを言われているような気もしたし、誰ともしゃべりたくなかったし。そんな時期に“不協和音”っていう曲が来たので(中略)『これ、私の気持ちじゃん』みたいな感じになって歌いました。(中略)“サイマジョ(筆者注:『サイレントマジョリティー』)”から、自分が思ってることがそのまま曲になってたので、あまり自分から成りきろうみたいな感じではなかったです」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

彼女の感覚では、その時々で目の前にやってくる歌うべき曲は、その時々の自分の感覚にピッタリはまってしまうのだ、という。もちろんこれは、色んな説明をつけることが出来るだろう。作詞の秋元康が彼女の状態を見極めて当て書きのように歌詞を書いているのかもしれない。あるいは、自分の気持ちに合った楽曲が目の前に現れるというのは彼女の勘違いで、楽曲で描かれていることに無意識の内に自分を合わせているということだってありえるだろう。しかしいずれにしても、彼女の感覚の中では、楽曲が自分の気持ちにピッタリとハマってしまうのだという。

「最近だと『憑依型』って言われるけど、成りきってるわけじゃなくて楽曲が合ってきちゃってるので、そのままの自分っていう感じでもあります」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

運命論者ではないので、こういうことは言いたくはないが、平手友梨奈のこういう発言から僕は、彼女は「表現者」として選ばれているのだな、と感じてしまう。この点が、平手友梨奈が、乃木坂46のメンバーの表現と決定的に違う点なのかもしれない、と思う。彼女には、「楽曲に自分を合わせていく」という作業が不要だった。今の自分そのものが、その時出すべきものに合致していた。だからこそ彼女は、その時々で迷いのない全力のパフォーマンスをすることが出来た。表現に関しては「これが正しいのだろうか?」という葛藤などとは無縁で、1ミリの躊躇もなく動くことが出来た。この強みは計り知れないだろう。

表現すべきものに自分を寄せていくのではなく、表現すべきものを自ら引き寄せる。それが神の配剤なのか、あるいは欅坂46の戦略の結果なのかは僕にとってはどうでもいいことだが、彼女のこの「表現者」としてのあり方が、欅坂46の支柱であることは間違いないだろう。

遠ざかる「今の自分」を捕まえるという脆さ

今の自分に表現すべきものが合ってくる、というのは、そう表現してしまえば楽にも思えるかもしれない。何も考えずに、その時その時の自分の「今」を出せばいいのだから、難しくないと感じる向きもあるかもしれない。しかし、それは違う。

「逆に言えば“不協和音”は気持ちが入ったり、その世界に行かないとできないです。だから、できる時とできない時がだいたいわかるので、(ライヴで)『今日はできないな』と思ったらできないし、やれるとしても自信はないですし、もうあの時とはモードが変わってるので、その点については大変だったりはしますね」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

平手友梨奈は現在16歳。アイドルであろうがなかろうが、変化の激しい時期だろう。欅坂46のセンターとして、あり得ないほど過酷な環境にいる彼女なら、その変化はなおのこと激しいだろう。だからこそ、シングルCDの収録のために楽曲が目の前にやってくる時と、その後ライブをする時では、もう「今の自分」は変化してしまっている。だから、CDの収録の時に出来ていたことが、ライブでは出来ない。出来ない、という感覚に支配される。「今の自分」を全力で表現することで圧倒的なパフォーマンスを生み出す彼女は、それ故に、変化する「今の自分」をその都度その都度で思い出すような作業をしなければ、楽曲の世界を表現できなくなってしまう。

先程の「あの時とはモードが変わっている」という発言について、より掘り下げた言葉が同じインタビューの中にある。同じく「不協和音」について訊かれた際、「どうだろう、今の自分ではわからないです。その人にならないと何考えてるのかわからない」と発言しているのだが、面白いことに、その直後に「あの子」と言い直しているのだ。

「『あの子』っていう表現のほうが合ってるのかもしれない。『あの子、すごいなあ』とか思います。だからライヴが大変です」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

日々変化する「今の自分」を、彼女は「その人」「あの子」と表現する。かつては自分自身だった存在を、「その人」「あの子」と呼ばなければならない程遠く感じられる中で、自分が納得できるパフォーマンスを成立させることは非常に難しいだろう。彼女はインタビューの中で、全国ツアーの一部公演で「不協和音」の披露を見送ったり、グループ外の大きなイベントでもギリギリまでパフォーマンス可否の判断を待ってもらったりしたと話しているが、そういうエピソードからも彼女が捉えている困難さを感じ取ることが出来るだろう。

今の自分に合ってこない楽曲に対する苦労

また、次作「風に吹かれても」ではこんな難しさもある。

「いつも重めに考えちゃうから、こんな軽やかに考えるのは難しい。でも、ほんとに楽しまなきゃ損だし、高校生活も高校生という時代も今しかないから、『絶対楽しんだもん勝ちだ』と思って、そういう気分で歌ってるところもあります。
―平手さんはそう思えるようになったよね。
この曲を歌えるようになった平手を褒めてほしい(笑)。監督と話した時に『どう?気分こんな感じ?』って訊かれたから『いや、まだ大人嫌いです』って言ったら『そうだよね』って(笑)」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

欅坂46の歌は、表題曲は特に、「反抗」「抵抗」「反逆」と言ったことがテーマになっているものが多い。「大人が嫌い」だと思っている平手友梨奈には、そういう世界観が合っていると、彼女自身も周りの大人も考えている。しかし、アイドルグループとしては当然、そういう曲ばっかり歌っているわけにもいかないのだろう。欅坂46もどんどんとファン層が広がっており、「反抗」なんかを中心に据えない曲ももちろん必要とされる。しかし彼女は、恐らくそういう曲が必要だということを理解しながら、どう歌ったらいいか分からず戸惑っている。

「でもやっぱり、すごい強いメッセージ性がないと落ち着かない自分もいます。“不協和音”はカメラに向かって『嫌だ』とか『もっと反抗していいんだよ』っていうメッセージを伝えてたけど、『今は何を伝えたらいいんだろうなあ』ってちょっと思いますね」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

歌は彼女にとって、「何かメッセージを伝える手段・表現」だ。だから、「メッセージ」を感じ取れない楽曲では、彼女はどこに焦点を合わせてパフォーマンスしていいのか捉えきれずに悩む。楽曲が自分に合うことで圧巻のパフォーマンスを生み出すことが出来る彼女は、それ故に、自分の合ってこない楽曲をどう消化すればいいのか、まだ捉えきれていない。

もちろん、彼女はまだ若い。若すぎると言っていいくらいだ。だから焦ることはないのだが、欅坂46を結果的に背負ってしまっている格好になっている彼女には、焦る気持ちもきっとあるだろう。デビューから鮮烈なインパクトを与えてしまった宿命として、毎回最高以上のパフォーマンスを求められるという重圧の中で、どう表現すべきなのかという問いは、常に彼女を追い詰めるだろう。

平手友梨奈の孤独

そんな平手友梨奈を救ったのは、メンバーだった。

「うまく説明できないけど、メンバーが話しかけてくれるようになったので、ツアーを通じて。メンバーに心を開けるようになったのかなあ……。今までは私はちゃんと見てなかったんだなっていう。たぶん“不協和音”と“月曜日の朝、スカートを切られた”がつながっていて、その期間にいろいろ起きて、本当に長く感じられて。今はメンバーといて楽しいなって思いますね」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

彼女は元々人見知りで自分から行動出来ない性格だったという。そんな自分を変えたくて欅坂46のオーディションを受けた。欅坂46としてデビューして、デビュー曲の「サイレントマジョリティー」で一気にブレイク、センターとして最年少ながら絶大な注目を集めることになった平手友梨奈は、恐らく孤独の中にいた。

「私に直接言う子はいないけど、メンバーによっては『私、(MVに)映ってないから……』と漏らしている子もいるみたいで、そういうのを聞くと、それはまあそうだよなぁ、と思うし。だから、悩みとかも、人には言わないようにしてるんです」(「月刊AKB48グループ新聞」2016年12月号/日刊スポーツ新聞社)

「例えばパフォーマンスが終わったあとに、『わぁ~、終わった~!』ってなってる時に、自分では納得いかないことがあって一人でいたいなって時は、一人でいようと思っています。その方が考え方がいろんな方向にいかない気がするんです」(「BRODY」2017年6月号/白夜書房)

想像でしかないが、彼女には忸怩たる思いがあったことだろう。欅坂46を大きくしていくために、彼女は全力を出し尽くす覚悟があったはずだ。しかし、楽曲が自分に合って来てしまう、というほどのパフォーマンスを見せる彼女は、「憑依型の天才」として、個人として注目を集め続けることになる。「センターばかりが注目されるのが怖いときもあって。(中略)全員を見てほしいっていう思いがあります」(「BRODY」2016年10月号/白夜書房)とも発言しているが、欅坂46全体ではなく、自分一人に注目が集まっている現状に危機感を抱いてもいたはずだ。

しかし、その状況は彼女自身にはどうにもしようがない。欅坂46を大きくしていくためには、その時その時で出来る人間が最大限の努力を出し尽くすしかない。デビューからずっと、それを担わざるを得なかったのが平手友梨奈だ。状況としては、生駒里奈も同じだ。生駒里奈がデビューからしばらくセンターという重責を担っていたその頃の話は、インタビューなどで様々に読んだことがある。そのプレッシャーは半端なものではなかったそうだし、「メンバーに理解してもらえない」という気持ちもずっと抱いていたという。平手友梨奈も同じ状況にいた。しかし、頑張れば頑張るほど自分に注目が集まる現状であっても、頑張らないという選択などあり得ない。欅坂46のためには、平手友梨奈の全力は不可欠だからだ。だから彼女は、そういうことを全部理解した上で、欅坂46の中で孤立するしかなかったのだ、と思う。

メンバーとの関係性の変化

そうした状況が続く中で、先程引用した平手の発言にもあったように、ツアーを通じて変化が生まれた。

「ツアー期間、表現ができなくなっちゃっていろいろ悩んでたんですけど、“エキセントリック”とか“不協和音”とか、私の得意な、気持ちを放出する曲なんですけど、そういう曲が逆にできなくなっちゃって」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

声が出なくなったこともあったようで、様々な形で彼女は「表現が出来ない」という苦しみにさいなまれるようになった。

そうなってみてようやく彼女は、メンバーに頼ることが出来るようになった。

「また“不協和音”みたいな曲が来るかもしれないけど、みんな“不協和音”の頃の私を知ってくれてるから、きっとわかってくれるなというか、わかってほしいなと思うから。初めてメンバーに本音を言いました。『表現ができない』って。『だから助けてほしい』って。すごい勇気がいったけど。そしたらすごいみんなが助けてくれた」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

「出来ない」と口にするのは、勇気が要ることだ。特に欅坂46は、平手友梨奈の存在感がある種グループのベースになっているような部分がある。彼女にしても、そのことは自覚していただろう。そんな自分が「表現できない」と言うことには、非常に勇気が要ったことだろう。それでも、そういう弱さを見せることで、ようやく彼女は孤独を抜け出せる光を感じることが出来た。背負いすぎていたものをメンバーに分けられるようになった彼女が、それでも続くだろう重圧の中でどんなパフォーマンスを見せていくのかは楽しみだ。

そんな平手友梨奈を、メンバーはどんな風に見ているのか。原田葵がインタビューの中でこんな風に言っていた。

「―2人も自分さえよければいいという考え方じゃないですよね
でも、その空気を作ったのは平手だと思うんです。先頭を切ってる子がそういう気持ちだから、他の子も『私もメンバーの役に立ちたい』と思える」(「Top Yell」2018年1月号/竹書房)

この発言を読んで僕は、あぁ良かった、と感じた。平手友梨奈の想いは、きちんと伝わっている。彼女が、自分に向けられる注目に胡座をかくような人間だったとしたら、あるいは、自分が表現したいものだけをただ追及するような人間だったとしたら、彼女がメンバーに頼ってもメンバーは受け入れられなかったかもしれない。平手友梨奈は、自分ではなく、欅坂46のために全力を出している。そのことが、彼女の一つ一つの振る舞いからきちんと伝わっていたからこそ、メンバーも平手友梨奈の窮地にすぐに手を差し伸べることが出来た。

平手友梨奈が目指す場所

「今の時点で、自分がどうなりたいっていうのは全然ないんです……。『私は何のためにがんばっているんだろ?』って考えてしまって。今、欅坂46は注目していただいているのですが、これから私たちはどうなっていくのか不安な気持ちもすごくあります」(前出「BRODY」2016年10月号)

2016年の時点ではこう発言していた平手友梨奈だったが、メンバーとの関係が大きく変化した2017年は、気持ちがまた変わったことだろう。今まではメンバーに頼れなかったことで「出来ない」と感じられていたことに、これからはどんどんチャレンジしていくことが出来る。楽曲の世界観を表現するパフォーマンスのベースも、「メンバーの役に立ちたい」という雰囲気も、自らの手で切り拓き作り出してきた彼女の意識は、やはりライブに向いている。

彼女のパーソナリティを「自分を削り続けることが自分のなかの夢になっている」という風に捉えるインタビュアーに対してもこう答える。

「自分を削ることに対してそういう気持ちはないですね。たぶんすごいものをやろうやろうとしてるんだと思います。『すごいものをやらないなら、もう出たくない』って言います」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

「パフォーマンスに満足したことがない」と語る彼女は、常に「すごいもの」を提示したいと言う。「びっくりさせたい」「鳥肌を立たせたい」「ファンの期待を裏切っていきたい」と彼女が思い続けていく限り、欅坂46のパフォーマンスは進化していくことだろう。

正直今まで僕は、「乃木坂46のライブを見に行きたい」と思ったことがない。僕は乃木坂46のファンだけど、動いている姿を見ることよりも、思考や価値観を知ることに重きを置いているからだ。アンダーライブにはちょっと食指が動いたけど、凄く強い衝動ではなかった。でも、平手友梨奈のインタビューを読んで、「欅坂46のライブは見てみたい」と思った。そう思わせるだけの言葉の強さが、平手友梨奈にはある。

「―そんな1年間、何が平手さんを走らせていたんですか?
大っ嫌いなものと戦おうとしたからかな。
―負けられなかった、ということ?諦められなかった、ということ?
仕返ししてやりたかった(笑)」(前出「ロッキング・オン・ジャパン」特別付録)

欅坂46という注目を集めるアイドルグループのセンターとして、常に視線を浴び続けてきた平手友梨奈だからこそ、「仕返し」という言葉がビビッドに響く。恵まれている、と言っていいはずの環境にいて、それでも「仕返し」という意識を持ち続けることが出来る、そのメンタリティこそが、平手友梨奈を、そして欅坂46を作り出しているのだろうと感じた。

筆者プロフィール

黒夜行
書店員です。基本的に普段は本を読んでいます。映画「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」を見て、乃木坂46のファンになりました。良い意味でも悪い意味でも、読んでくれた方をザワザワさせる文章が書けたらいいなと思っています。面白がって読んでくれる方が少しでもいてくれれば幸いです。(個人ブログ「黒夜行」)

COMMENT

  • Comments ( 6 )
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  1. 平手友梨奈がすごいな!と思ったのは「山手線」のミュージックビデオをみた時でした。「サイレントマジョリティー」のMVを初めてみたときは(今考えると不思議ですが)それほどのインパクトを感じませんでしたが、「山手線」は違いました。「欅って書けない」でみせていた時には無邪気にはしゃぐ年相応なイメージとは違い、大人びた表情と幼さが同居する姿、そして歌の表現の凄さに引き込まれました。坂道シリーズの曲ばかり聴いている私ですが、この2年間で聴いた回数トップ3に「山手線」は入っているとおもいます。「不機嫌そうに歌って」 とレコーディングで指示されたそうですが、本人はそれがうまくできたのかどうかわからないということでしたが、見事に山手線という曲を表現していました。山口百恵の再来と言われましたが、今考えるとラジオなどでは剽軽に振舞い歌の世界の中に入りこんでいた10代のころの中森明菜に近かったのではないか?とおもいます。最近年相応な無邪気な姿はあまりみることはありましせんが、またそれもみたいとおもいます。

    • コメントありがとうございます~。

      実は欅坂46はちゃんと追えてはいないので、「山手線」のMVも見てないんですが(笑)、平手だったら凄いパフォーマンスをしてるんだろうなぁ、というイメージはあります。最年少で、人生経験という意味でもそこまで多くないだろうに、どこからその表現力みたいなものが出てくるんだろうか、と不思議に思います。

      レコーディングで「不機嫌そうに歌って」と指示されていたんですね。求められていることにたまたまハマったという可能性もあるでしょうけど、今に至るまでの活躍を見ると、やはり平手さんの凄さだろうな、と思いました。

      今まさにめまぐるしく変化する時期でしょうから、また様々な顔を見せて欲しいなと思います~

  2. By 非接触派の一ファン

    拝読させていただきました。乃木坂も欅もライブに行ったことがないとのこと。しかしながら、テレビ、雑誌インタビューなどから分析する平手像は正確であり、冷静なものであると感じました。
    小生は恥ずかしながら「気づいたら片想い」あたりから乃木坂を聴き始め、欅坂はサイマジョからどっぷりハマって、長いインタビューが掲載されている雑誌はほとんど購入、けやかけ、ビンゴは初回からすべて録画保存してきましたが、握手会には全く興味なし、ライブもこれまでテレビ放送や特典映像で見たくらいです。
    平手はデビューカウントダウンライブが終わった直後のインタビューで「正直、ライブが終わって感動で泣くことはなかった。自分がやり切ったと思えれば自然に涙が出てくる。いつかそんな日が来ますかね?」と言っていましたね。平手の完璧表現主義はここから始まったと思っています。そして、彼女は同時に「欅坂のことをもっと知ってもらいたい」という思いと「大好きなメンバーが自分と同じくらい努力しているのだから報われて欲しい」という思いを同時に抱えたまま活動していると思います。前者はセンターである自分がMVなどで抜かれるのは表現として仕方がないと思わせられ、後者はそれでも皆の顔が映ってほしいと思ってしまう。そのせめぎ合いは「語るなら未来を…」のMV撮影中、泣いてしまったことでよく表れていましたね。
    ここからは推測になりますが、完璧表現主義者の平手は有明のクリスマスライブは課題がさらに見つかったライブ、それを改善して臨みたかったアニバーサリーライブは乃木坂のバースデーライブのようにリリース順に曲を披露するセトリで「自分がやりたいライブじゃない!」と不満だったと思います。そこで、彼女は運営に提案し、実現したのが欅共和国のセットリストであり、演出でした。このライブの後、平手は「みんな大好きだよ!」と号泣します。ここが「不協和音」までの楽曲を必死に皆で振り固めして満足いくパフォーマンスができたと感じたからこその到達点でした。
    ところが、全国ツアーはアルバム収録楽曲中心のセットリストで、しかも新曲16曲という多さ。忙しい彼女たちにとっては満足できる振り固めをする時間がないまま臨まざるを得なかったライブになってしまいました。しかも欅共和国のライブで自己満足ラインが上がってしまっていた…これが不幸の始まりだったように思います。完璧主義者であればあるほど、「あ、今日は駄目だ」と思った瞬間に気力も失せていったように感じました。幕張の最終日はそれでもツアーをこなし、ロッキンジャパンやサマソニ参加などで、少しずつパフォーマンスの完成度が上がったことで、なんとか最低満足ラインに達したと思えたライブだったのではないでしょうか?
    秋元氏が「欅坂のメンバーは個性が強くて、乱反射している」と表現していましたが、急激に売れてしまった弊害が平手も他のメンバーも蝕んでいるように思えてなりません。
    与えらえた楽曲の世界に入り込み、今日しかできない表現をしたい平手、それに同調するメンバーもいれば、おそらく「アイドルなんだから…」と思うメンバーもいると思います。それでもメンバーそれぞれが、全国ツアー後、それぞれの結論に到り、2018年への覚悟を決めたと思っていました。その点では、その覚悟が武道館でどう表現されるのか、すごく楽しみだっただけに、紅白歌合戦のあの出来事が残念でなりません。
    新曲では激しいロックで反抗心の新たな表現をしていますね。そして、「バスルームトラベル」で可愛い系好きな小池たちのユニットによるガス抜きをしているように感じました。あっという間にこの曲のMVが50万視聴を突破したのは、アイドル=可愛い系という図式好きなファンがまだまだ多いことの証拠かと思います。自分としては可愛い系はひらがなに任せて、欅がこれまで形成してきたカッコイイ系を突きつめて欲しいと思っていますが、カッコイイ系→欅全体、可愛い系→ユニット、中高年ファンの取り込み(70年代フォーク)→ゆいちゃんずという配分は今年も続くんだろうと思われる新曲CDの楽曲構成でしたね。
    でも、個人的には有明のような完璧な欅の物語+全国ツアー最終日を上回るライブを今年どこかで彼女たちはたってくれそうな気がしています。平手も自分が最後まで出来なかった2カ所へのリベンジを誓っていましたから、今から楽しみです。
    長々と書き連ねて申し訳ありません。貴コラムを読んで触発されてしまいました。いつか欅のライブに行けたらいいですね。その時はまた感想知らせていただけると嬉しいです。

    • コメントありがとうございます~。

      そう!僕も、実際に会うよりは、インタビューなどで触れる方が良い、と感じてしまう人間です。感覚が近いなぁ、と感じました。僕も、乃木坂46の齋藤飛鳥を中心に、ロングインタビューが載っているものはほとんど買っていると思います。ただ、けやかけとビンゴを初回から録画して、ってのは凄すぎです!!

      「正直、ライブが終わって感動で泣くことはなかった。自分がやり切ったと思えれば自然に涙が出てくる。いつかそんな日が来ますかね?」って、ホントに10代の感覚なのか、と思えてきますね。客観的で冷静なところが、あの凄まじい表現を生み出しているんでしょうけど、客観性と冷静さが行き過ぎてる気がしてちょっと不安にもなります(笑)

      「欅坂のことをもっと知ってもらいたい」と「大好きなメンバーが自分と同じくらい努力しているのだから報われて欲しい」というのは、僕も何かのインタビューで目にした記憶があります。自分が望んだわけでもないのに、一人だけ注目される存在となって、他のメンバーも知ってほしいと思っているのに、欅坂のことをより知ってもらうためには自分が表に出ざるを得ない、という状況は、相当に苦しいものだろうな、と思います。ある程度仕方なかったのかもしれないけど、そんな重圧を最年少の少女に負わせなければ成り立たなかった欅坂46の難しさがここにある感じがしました。

      ライブの構成と、平手さんの心中の推測は、なるほどなぁ、と思いながら読みました。ご指摘の通りの流れと心中であれば、「満足出来ない」という感覚が募っていくのは当然だろうな、と思いました。欅坂46の顔として、自分の意見が通りやすい環境と、自分の意見が通りやすいが故に欅坂46全体の方向性に重大な影響を与えてしまう状況が、平手さんの葛藤をさらに複雑にしている感じがします。

      アイドルファンの発言で、運営に対する批判をする方がいますが、僕はあまりそういうことを感じることがありません。いや、正確に言えば、アイドル自身の辛さを減らす方向への努力は運営には頑張って欲しいですけど、ファンをもっと満足させるように頑張れ、というような感覚は僕にはないです。「欅坂のメンバーは個性が強くて、乱反射している」という欅坂46をまとめ上げるのは相当難しいでしょうけど、メンバーの皆さんが辛すぎないような形で、これからも素敵なパフォーマンスを見せて欲しいなと思います。

      はい、もしライブに行く機会があればご報告させていただきますね~

  3. By 非接触派の一ファン

    つたないコメントに丁寧に反応していただきありがとうございます。
    4日のNHK「シブヤノオト」で初披露した新曲「ガラスを割れ!」なんと平手、鈴本、志田の3人がいないパフォーマンスになりましたね。テレビでセンターが不在のパフォーマンスは初めてだったので、衝撃でした。さらに9日放送の「ミュージックステーション」も平手不在の予告画像が流れ、「こち星」ではねるから重要なお知らせがあると発表されています。そんな中、4月6、7、8日に2nd Anniversary Live開催の発表もあり、今週からしばらく欅ファンはやきもきが続きますね。
    鈴本は内村の楽屋を訪ねたVTRに登場していましたし、今週のけやかけには鈴本も志田も出演していましたから、9日のMステには出演すると勝手に希望的観測を抱いていますが、平手の場合はどうなんでしょう?2016年の衝撃デビュー直後から、アイドル戦国時代の寵児となった平手に今何が起きているのでしょう?ずっと欅坂を見守ってきた自分にも予想ができないでいます。最悪のシナリオは噂されている「留学」による長期離脱でしょうか?
    シブヤノオトのパフォーマンスに対しては、平手オタとその他オタの意見が真っ二つに割れていますが、(実は鈴本推しの)自分は周りのメンバーが鬼気迫るパワーを発散して頑張っていたにも係らず、返って平手不在の空虚さを感じてしまった次第です。
    すみません。このコラムとは直接関係ありませんでしたが、お礼もしたかったので書かせていただきました。

    • いえいえ、こちらこそコメントをいただけると嬉しいのでありがたいです~。

      欅坂だけじゃなくて、乃木坂の情報さえ積極的に集める余裕がないので、状況を全然知りませんでしたけど、欅坂は今そんな感じになってるんですね。平手不在のパフォーマンスはちょっと想像付かないですけど(なんて言うのは他のメンバーに申し訳ないですけど)、何にしても、人であることを止めてまでアイドルを続ける必要はないと思うので、休養や別の道が必要なのであれば、その決断は尊重したいといつも思っています。

      何にしても僕は、自分が良いなと思っているアイドルの人たちが、10年後や20年後に自分の人生を振り返ってみた時に、あの時ああいう決断をして良かったな、と思える道を進んで欲しいなと思います。グループの支柱的な存在になってしまっている平手さんは、難しい立場にいるでしょうけど、頑張って欲しいですね!

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