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映画の大枠から外れるもう一人の主人公 “変わりゆく”齋藤飛鳥

映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』公式サイト映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』公式サイト
映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』について、前回の記事で、齋藤飛鳥以外の話は大体書いたと思う。後は、この映画での齋藤飛鳥の話を書こう。

僕自身が齋藤飛鳥に強く関心があるからということはもちろんあるが、やはり齋藤飛鳥には奇妙な存在感がある。この映画は、前回書いた通り「失恋」という言葉で大きく括れる外枠を持っているが、齋藤飛鳥はその大枠の中には嵌らない。齋藤飛鳥の部分だけ、完全にこの映画から浮いている。

岩下力監督も、齋藤飛鳥の独白の場面についてこんな風に発言している。

それは映画の本筋からはやや逸脱しているけど、これだけ心を開いてくれたことはこの映画の1つの到達点のように感じたので、これは入れるしかないと思って、ラストシーンに使うことにしたんです。
(「B.L.T.」2019年9月号/東京ニュース通信社)

他のメンバーが、別のメンバーとの関係性の中で何かが切り取られているのに対して、齋藤飛鳥は基本的に、齋藤飛鳥として完結する映り方をしている。唯一、大園桃子との関係性に着目される箇所はあるが、それ以外は基本、齋藤飛鳥一人、として描かれる。

監督も、齋藤飛鳥には苦労したようだ。

『嫌われた、と何度も思った』

映画に度々出てくるモノローグ調のテロップでそう語っている。

僕は、齋藤飛鳥の言葉にインタビューなどでかなり触れているので、この映画で描かれている齋藤飛鳥像は、まあいつもの齋藤飛鳥だな、と思って見ていた。しかし、齋藤飛鳥について「顔が小さい」「乃木坂46を担う次世代のメンバー」「ハーフ」程度の認識しか持っていない人がこの映画を見たら、とても驚くだろう。

・齋藤飛鳥(以下同じ)
『自分のことをあんまり知られたくない、って思っちゃうんですよね。それはメンバーに対してより強く思うかもしれない。嫌われたくないのかな、やっぱり。未だに、メンバーと楽に喋れる、みたいなことってないんです。いつもガチガチになりながら、それを悟られないように喋ってる』

『人に期待してないですし、自分にも期待しないですね。理想も、特にないかなぁ。自分にあんまり興味がないから、将来も何でもいいやって思ってるっていうか』

『楽屋では、読んでるようで実は読んでない。本を開いてるだけ、みたいなことは結構あります。一人になりたい、っていうわけじゃないんですけどね。一人しか選択肢がないっていう』

メンバーがワイワイ集まっている場面でも一人壁に触れていたり(昔から壁に触れるのが好きと発言している)、一人で本を読んでいたり、カメラを向けても私なんか撮らなくていいからと逃げたりする。僕は、インタビューなどの発言からこういう齋藤飛鳥像を常に思い描いているので、イメージ通りだなという感じだけど、意外だと感じる人は多いだろう。

齋藤飛鳥の意外な決断

しかし、この映画を見ていて、僕が意外だと感じた齋藤飛鳥の行動がある。それが、地元の成人式に出る、というものだ。混乱を避けるため、特別な席を用意してもらって、一般の人と関わることはなかったが、しかしそれでも驚いた。成人式に、出るんだなぁ、と。

実際彼女も、成人式に出るつもりはなかったという。しかし、「成人式に出ると親孝行になる」と聞いたから出ることにした、と話していた。実家を出てから一度も帰っておらず、良い機会だから、と。なんとなくこれは、照れ隠し的に僕には聞こえたけど、どうだろうな。

しかし、衝撃はその後にさらにきた。なんと、中学時代の同窓会に出る、というのだ。これは弩級の衝撃だったなぁ。「齋藤飛鳥と成人式」はまだ繋がるけど、「齋藤飛鳥と同窓会」はまあ繋がらない。出ることに決めた理由を、「単なる好奇心」と説明したようだ。以前彼女は雑誌のインタビューで、

いや、人混みとか騒がしいところ、すごく嫌いなんですけど。なんか今、「自分がイヤなことをしよう」って思っていて。今、自分が嫌いなことを吸収しようと思う時期なんです。
(「週刊プレイボーイ」2017年 No.39・40/集英社)

という発言をしていた。齋藤飛鳥は、「ちょっと前であっても、昔の自分を嫌う傾向がある」とこの映画の中で話をしていたので、既にこの発言をした頃の彼女とは違ってしまっているかもしれないが、インタビューなどで彼女の発言を追いかけていると、なんとなく、自分の思い込みを捨てて色んなところに飛び込んで行こうとする意思みたいなものを感じることがある。同窓会に出るという決断は、そういう流れが続いててその延長線上にあるのかな、と思った。しかしそれにしても、驚いたなぁ。同窓会が終わって、「疲れた」とぽつんと口にしていたのが、彼女らしいと思った。

“原罪”を背負う齋藤飛鳥

前回も少し触れたが、この映画のラストは、スコットランドのエディンバラを旅行する齋藤飛鳥についていった、その時の様子で終わっている。そこで監督は彼女に、「前世で何か罪を犯したんですかね?原罪がありますよね」と言う。思わずそう言ってしまった齋藤飛鳥の発言がこれだ。

『できることなら私も、正統な感じで生きたかったな、と。
今の自分を考え方とかを良いものだと思ってないんです。欲求とか願望とかを抱いてしまうと、てめぇが言うなって自分のことを思っちゃうんです。こうなったらいいなっていう幻想を抱いても、冷静になると、てめぇが言うなって思う瞬間が来ちゃう。だから、理想を定めてそこに向かっていく生き方は向いてないなって思う』

しかしその後で、こんな風にも発言する。

『だからこそ自分に期待できるっていうこともあるんです。跳ね上がりのバネが大きくなるから。自分、いけるんじゃないかって思えることもあるんですよね』

そして、崖から海を見ながら、彼女はこんな結論に至る。

『期待しないって、嘘かもって思っちゃいました。してるかもしれない。人に期待、してるかもしれない』

本当に、興味の尽きない存在だなと思う。

『私だったら、私みたいな人と関わりたいとは思わない。でも、関わってくれる人がいる。この人はもしかしたら、あれこれ見せても幻滅しないでいてくれるんじゃないかって思う』

彼女が言う「期待」が、「幻滅されないこと」だとすれば、そんなのは全然「期待」じゃない、と僕は思う。もっとポジティブな意味での期待を、もうちょっと持ってもいいんじゃないかと、彼女に対しては思ってしまう。

「齋藤飛鳥」という、アイドルの枠に嵌らないどころか、人間の枠からも容易にはみ出しうる存在が、「アイドル」という枠組みの中で許容されている。その事実こそが、僕は「乃木坂46」というグループの驚異であり、強みであり、魅力なのだと感じてしまうのであり、その感覚を強化させられた映画だった。

『失恋』を描くドキュメンタリー映画~『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』を観て~

筆者プロフィール

黒夜行
書店員です。基本的に普段は本を読んでいます。映画「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」を見て、乃木坂46のファンになりました。良い意味でも悪い意味でも、読んでくれた方をザワザワさせる文章が書けたらいいなと思っています。面白がって読んでくれる方が少しでもいてくれれば幸いです。(個人ブログ「黒夜行」)

COMMENT

  • Comments ( 2 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. この映画を見た時の感想は、飛鳥は白石をグループとしても、個人としても越えるんじゃないかと思った。
    かずみん推しの自分ですが、もう少し飛鳥を見守っていきたいと感じました。

    • コメントありがとうございます!

      僕はずっと齋藤飛鳥推しですけど、どんどん大きな存在になっていくなぁ、と思ってみています。
      彼女の異質さが、アイドルのイメージをちょっとズラしてくれるんじゃないかなと思ってたりします~

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