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「完成形」と「アイドル性」の間で葛藤する山下美月

山下美月は、デビュー当時から「完成されている」という捉えられ方をしてきた。確かに僕もそういうような印象を持った記憶がある。僕は、ライブや握手会に行くわけではないので、3期生が加入した当時から彼女たちの動向をちゃんと追いかけていたわけではないが、「田舎から出てきてよく分からないままアイドルになって今ここにいます」みたいな与田祐希や大園桃子とは対照的に、山下美月は「生まれた時からアイドルです!」というような落ち着きと華やかさがあったように思う。そのことはある意味で「強み」だと思うのだが、彼女はそう見られていることが「悔しかった」という。

「当時、ネットの書き込みで『成長していく様子が見られない』とか『プロっぽくて面白みがない』っていうコメントも多かったです。でも、そう言われるのがすごく悔しかったし、入ったばかりでまだまだこれからなのに…という気持ちがありました」(「BRODY」2018年10月号/白夜書房)

確かに、アイドル像というのは結構変化していて、ずっと昔であればそういうプロっぽさみたいなものが求められていたのかもしれないが、徐々に「親しみやすさ」や「放っておけないところ」みたいなものが求められるようになってきているとは思う。かつては雲の上の存在だった「アイドル」を、「会いに行けるアイドル」として打ち出したAKB48が大成功したことが、時代の変化を一番象徴しているように思う。

山下美月自身も、「アイドル性」をそういうものとして捉えている。

「与田や大園を近くで見ていると、すごくキラキラ輝いているな、って感じるんです。アイドルには歌やダンス、演技などの技術も必要だけど、それ以上に“アイドル性”という魅力が大事だと思うんですけど、あの2人はまさにその特化型で。華があって、誰からも愛されるキャラクターで、放っておけない存在で、人を魅了する能力に長けていて」(「日経エンタテインメント!アイドルSpecial 2018春」/日経BP社)

彼女は別のインタビューで、「私が間違えたらプロ意識がないと思われるけど、与田のちっちゃいミスなら許してあげたくなる」とも発言している。僕は別に山下美月が間違えても「プロ意識がない」などとは思わないが、与田祐希が間違えた時に許してあげたくなるのは、分かるなぁと思ってしまった。確かにそういう意味での「アイドル性」というのは、自分でコントロールして獲得するのは相当に難しいだろうし、既に「努力の人」という見られ方をしている山下美月がそれを手に入れるのは困難だろうと思う。

そう、彼女は「努力の人」と見られている。

「ただ、なんとなく『山下ならこれくらいいけるだろう』っていうのがあるんです。それをクリアするのは自分にとって最低限のことで、そのさらに上を行かないと、みんなみたいに『成長したね』って言われることがないのはつらかったです」(前掲「BRODY」2018年10月号)

そのイメージは、3期生による初公演『3人のプリンシパル』で付加されたものだ。第一部のアピールによって第二部の役を勝ち取れるというシステムにおいて、彼女は努力や根性で役を勝ち取った。少なくとも、彼女はそういう自覚をずっと持っていた。

「でも、自分としてはそれが苦しかったんです。私のアピールポイントは努力しかないのかと思ってしまって。(中略)私には何もない。だから、『認めてください』としか言えない自分がすごく嫌でした。努力を認めてほしいって泣き叫んでいるのは乃木坂46っぽくないですよね」(「BUBKA」2017年5月号/白夜書房)

確かに、彼女自身、「負けず嫌い」であることは認めている。

「私、負けず嫌いなんです。それは『この子に負けたから悔しい』とか『勝てなかったから悔しい』とかじゃなくて、役に選ばれる努力をしなかった自分にムカついて、それで毎日楽屋で泣くんです」(「BRODY」2017年6月号/白夜書房)

だから、自分に負けたくない、という思いで努力し続けることは、彼女らしいと言える。そんな意識が作られたのは、母親の影響が大きかったようだ。テストで95点取っても「どうして100点取れないの?」と言われていたという。しかも、運動が出来たわけでも、習い事をしていたわけでもない彼女は、勉強で1番になって期待に応えなきゃ褒めてもらえない、という思いが強くなりすぎたのだという。だから、テスト前になると3週間ぐらい徹夜して必死で勉強する、というような生き方をしてきていて、だから「努力すること」は彼女にとって、ある意味では当たり前のことではあるのだ。

しかし、そんな彼女の頑張りは、アイドルの世界では裏目に出てしまう。

「根性とか情熱とか、そういうキャラでいかなきゃいけないと思っていたから、必死にメンタルの弱さを隠してきたけど、このままじゃずっと続かないと思いました」(「月刊AKB48グループ新聞」2018年3月号/日刊スポーツ新聞社)

「自分はそんなに強い人間じゃないのに、『プリンシパル』が終わってからも、そのキャラクターを演じ続けるつらさがあって」(「BRODY」2018年6月号/白夜書房)

強いから努力し続けられるのではない。弱さを隠して頑張らなければ評価してもらえないと思っているから努力し続けるのだ。「アイドル性」の無さを自覚しているから、「自分なりに考え抜いてやっとたどり着いたことも、才能や素質がある子は、一瞬でヒュンってさらにその上を行ってしまう。でも、アイドルってそういう世界なんですよね」(前掲「日経エンタテインメント!アイドルSpecial 2018春」)という現実を見せつけられることで、「努力しても簡単に結果に結びつくわけではない世界で、弱さを隠して努力し続けることの辛さ」をまざまざと感じさせられたのだろう。『3人のプリンシパル』の時期を振り返って、こんな発言もしている。

「そういう『これ以上、何を頑張ったらいいんだろう?』っていう葛藤のなかで、最終的には『次に出られなかったら死のう』ぐらいの気持ちで臨みました」(前掲「BRODY」2017年6月号)

アイドルの活動を通じて、山下美月はそこまで追い詰められた。しかし、もうこれ以上余力はない、というところまで追い詰められたからこそ、考え方を変えることが出来た。

「今まで、アイドルはキャラを確立して必死に前に進むものだと思っていたけど、乃木坂って自分自身の本当の中身を好きになってくださるファンの方が多いし、みんな着飾らないから仲もいい。ちょっと無理をしてた部分もあるので、肩の力を抜いて素直に活動していきたいです」(前掲「月刊AKB48グループ新聞」2018年3月号)

「完成されている」という、ある意味で生まれ持った素質であるはずの部分がアイドルとしては武器にならず、全力で努力し続けられるという性格がむしろ仇となり、「アイドル性」が欠けているという劣等感に苛まれながら、ようやく彼女はここに辿り着くことが出来た。たぶん、そう思えるようになったところが、彼女がアイドルとしての新たなスタートラインと言えるだろう。

「1年間はいくら努力したり、頑張っても『自分ダメじゃん』って思うばかりだったけど、そういう自己嫌悪はなくなりました。選抜に入ってフロントに立たせていただいて、先輩方と私ではレベルが違いすぎるので、『私、ここに並んでていいのかな?』とは思うんですけどね。ただ、今は楽しい気持ちのほうが大きいです」(前掲「BRODY」2018年10月号)

「自信がついたわけじゃない」としながらも、「そこまで深く考えなくなった」と、自分自身を追い詰めてしまうような思考を減らすことが出来るようになったと自覚出来ているようだ。

また、常に客観的に自らの状況を捉える彼女らしい、こんな感覚もある。

「きっとファンの人から見たら、私って自分が必死に這い上がっていく姿のほうが見ていて面白いと思うんですよ。最初から選抜に入ってセンターに立つことで得られるものよりも、同期が先に行ってしまったことへの不安や焦りのほうが自分を大きくしてくれるんだろうな、っていうのもわかっていました。だから、安心したわけじゃないけど、2人(※与田祐希と大園桃子)がセンターに立ったことへの悔しさもそんなになくて、むしろチャンスだと思いました」(前掲「BRODY」2018年10月号)

山下美月には、「努力し続けられる」という強さがある。アイドルとしてはマイナスになりがちな要素であったとしても、それが無駄になることは絶対にない。努力し続けられるということは、たとえ今どれだけ遅れを取っていても、少しずつ前進して近づいて行けるということでもある。努力を見せることで評価してもらうという、学生時代からのやり方はアイドルとしてはうまく行かなくても、見えないところで努力を続けることで、カメがウサギを追い抜くようにしていつの間にか先頭に立っている、という進み方は充分にあり得るだろう。

山下美月の理想のアイドル像は、「つねに明るくてニコニコしていて、芯の強い人」だそうだ。暗かった学生時代を支えてくれた自分にとっての理想のアイドル像に、少しでも近づきたいという想いで、アイドルを続けているという。

「アイドルとして、ファンの方に心配をかけちゃいけないとか、気を遣わせちゃいけないとか、ちゃんと元気な姿を見せないといけない、っていうのがあるから。アイドルとして人前に立つときの自分は、負のオーラを完全にかき消そうとしています(笑)」(「BRODY」2017年10月号/白夜書房)

そんなネガティブさを内に秘める彼女だが、その一方で、ネガティブだからこそ、人生を意識的に面白くしていきたいとも思っているようだ。

「私、小学校の頃から自分の人生を楽しくするためにはどうしたらいいのかなって考えて、まずは自分が楽しくならなきゃダメだと思ったんですよ。そうしたら、自分の人生も楽しくなっていくんじゃないかなって思って。でも、アイドルの仕事上、ファンの方を楽しませようって気持ちはあるけど…たしかに自分が生きていく中で自分が楽しんで、周りの人も楽しんでくれるような何かをできたらいいなとは、常に思っていたかもしれないです」(「BUBKA」2018年5月号/白夜書房)

自分の人生に納得がいっていなかったから乃木坂46のオーディションを受けたという彼女は、憧れのアイドルという存在になった今、その立場をフルに活用して、自分の、そして誰かの人生を「面白く」しようと奮闘している。山下美月は「アイドル性」に欠けると発言しているが、しかし、周りの人の人生も「面白く」しようと思っていたという感覚は、非常にアイドルらしいと言えるのではないか、とも思う。

「時間なんて、意外とあっという間に経ってしまうじゃないですか。最近、そのことに対して焦っていて。だから、悠長にしている暇はないなって思うんです。自分のアイドルストーリーの最後がいつになるのかはわからないけど、アイドルとして燃え尽きたいです。自分が燃えられる人間であるっていうのには自信があるので」(前掲「BRODY」2018年10月号)

「努力しすぎなくていい」という感覚を持つことが出来るようになった「努力の人」が、「努力」だけでは太刀打ちできないアイドルという世界でこれからどんな物語を紡いでいってくれるのか、非常に楽しみだ。

筆者プロフィール

黒夜行
書店員です。基本的に普段は本を読んでいます。映画「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」を見て、乃木坂46のファンになりました。良い意味でも悪い意味でも、読んでくれた方をザワザワさせる文章が書けたらいいなと思っています。面白がって読んでくれる方が少しでもいてくれれば幸いです。(個人ブログ「黒夜行」)

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