乃木坂46の背骨から、一人のアイドルへ・生駒里奈

※この記事の本文では、本日1月31日の生駒里奈卒業発表には触れていません。

生駒里奈は最初から、「乃木坂46」を背負わされていた。

今、名実ともに乃木坂46を背負っていると誰もが感じるのは、白石麻衣と西野七瀬だろう。しかしこの二人は、結成時からそんな存在だったわけではない。どちらも、乃木坂46としての活動を積み上げていく中で、自信や決意を持てるようになり、その延長線上に今がある。

しかし生駒里奈は違う。センターに選ばれることで、最初から、問答無用で、乃木坂46を背負わされたのだ。

「乃木坂46」を背負った少女

彼女自身の自覚がどうなのかは分からない。「背負わされた」なのか「背負った」なのか、あるいは「背負っているつもりなどなかった」なのか。時と共に変化もするだろうし、外側から見ているだけでは分からない。しかし、外から見る限り、乃木坂46を背負っている格好に見えてしまう生駒里奈には、多くの人が様々な問いをしてきた。

「乃木坂46はどこを目指すのか?」
「AKB48との関係は?」
「乃木坂46の次の目標は?」
「乃木坂46は今どの辺りにいると思うか?」
「乃木坂46は何故◯◯が出来たか?」
…などなど。

センターに選ばれ、代表者として様々な問いかけをされ続けることで、生駒里奈は、乃木坂46について思考し、どうあるべきか志向し、様々なことを試行し続けた。その姿は、今でも変わらない。

「―3年連続の紅白、そして東京ドーム。『乃木坂46も来るとこまで来たな』みたいな実感があるんじゃないですか?
ここまで来たってよりも、私たち6年間やってきたんだなっていう方が大きいです。東京ドームに立つことよりも、東京ドームに立った時に恥ずかしくないものを作ることを考えてやって来たので、この6年間でここまで成長できたんだなっていう方が、大事なことだと思います
―なるほど。ということは、東京ドームのパフォーマンスには満足している?
足りないところもあったかもしれないですけど、ちゃんといまの自分たちができるものが、しっかり全部出せたなっていう時間でした」(「BUBKA」2018年1月号/白夜書房)

これを読んで、さすが生駒里奈だな、と感じた。「東京ドームのパフォーマンスには満足している?」と問われたら、普通のメンバーなら「まだまだです」「手応えはありましたけど反省すべき点もありました」というような返答をするだろう。しかし生駒里奈は違う。100点満点をつけた、という回答ではもちろんないだろうが、自分たちがしてきたことを総合的に捉え、客観的に見て及第点をつけられる、という判断をしている。生駒だからこそ出来る発言とも言える。

「―生駒さん自身も東京ドームを特別なものとして捉えなかった?
私は感じなかったです。なぜなら、私たちにとっては神宮が特別だから。(中略)そういう神宮でみんながやってきた経験があるから東京ドームに立てているので。神宮のおかげで東京ドームが全く怖くなかった」(前出「BUBKA」)

これも生駒らしい返答だ。「東京ドームを特別だと感じなかった」という発言は、他のメンバーもインタビューで口にしていたが、その理由を「神宮」(明治神宮野球場)に求める意見は初めてだ。普段から、自らに様々なことを問いかけ答え続ける習慣を持っていなければ、こういう返し方は出来ないだろう。

「―そうしてたどり着いた東京ドーム。生駒さんはここを『到達点』だと思いますか?それとも『通過点』?
どちらでもないと思います。ここを目指してやってきたわけでもないし(中略)それよりもそういう勲章に恥じないグループになっていることが大事だと考えています」(前出「BUBKA」)

これは、問いそのものが良くないと僕は感じる。生駒が「到達点」と返すわけがないと分かっていて、「通過点」という返答をさせようとする誘導的な質問にしか感じられないからだ。しかし、さすが生駒である。どちらでもないと返しながら、しばしば世間に訴求する動員記録や会場名などの勲章そのものよりも大事なことがあると自分の意見を言っていた。問いかけられて初めて答えを考えるのではなく、予め考えている事柄だからこそこういうことが出来るのだと思う。

存在感が薄くなりつつある現状

こんな風に生駒は、宿命的に乃木坂46というものについて考え続けている。正直に言えば彼女は、以前ほど注目される存在ではなくなっているはずだ。白石麻衣・西野七瀬という二大巨頭が乃木坂46を牽引し、齋藤飛鳥や衛藤美彩など、アンダーから這い上がって人気を獲得するメンバーも出てきた。秋元真夏、松村沙友理、高山一実と言った安定的に人気を得続けているメンバーもいるし、そういう中にあって、どうしても生駒里奈の存在感は、センターをやり続け乃木坂46をその小さな身体全体で背負っていた頃と比べれば、小さくなってしまっていると感じる。

恐らくそれは、彼女自身も理解していることだろう。かつて雑誌のインタビューで、もう一度センターに立ちたいと宣言したことがあった。そこで、「私はいまの乃木坂46を取り巻く状況、乃木坂46の中で起きていること、全部じゃないかもしれないけど、理解してるつもりだし、いまの私がそこにいけない理由、センターになれない理由もわかっています。」(「BRODY」2017年6月号/白夜書房)と発言している。直接的な言及ではないにせよ、彼女が、今の乃木坂46の中で、自分がセンターにいる必然性がないと感じていることが、自身の立ち位置を認識しているのではないかと僕が考える理由だ。

そういう現状をどう感じているのか、それが分かるような発言は僕の視界には入ってこないが、彼女の決意が伝わるこんな発言はある。

「安定も名誉もいらない。私は常に崖を登っていたい」(前出「BUBKA」)

乃木坂46における「安定」や「名誉」が何を指すものなのか、僕にははっきりとは分からないが、「常に崖を登っていたい」という意志は、生駒らしいと感じる。アイドルとしての彼女の在り方は、常に「崖を登る」ようなものだった。何も分からない状態からのセンター、センターなのに「16人のプリンシパル」で選ばれない辛さ、AKB48との兼任など、常に生駒里奈は乃木坂46において、道なき道を進んできた。「生駒の生来の性格」と「アイドル」というのは対極にあるもので、だからこそアイドルであり続けることは彼女にとっては常に挑戦だった。挑戦する意志が、彼女をここまで連れてきたのだ。

一人のアイドルとして生きる決意

そんな生駒里奈は今、ステージ上に自分の居場所を見出そうとしている。

「きっとステージ上の自分は誰かを幸せにできると信じて、そこは自信を持ってやってきたし、これからもやっていきたいです。それを見つけられた人生で本当に良かった」(前出「BUBKA」)

僕は乃木坂46のライブを見たことがないので、ステージ上で彼女がどんな風でいるのか知らない。しかし僕にとってこの発言は、ホッとさせるものだった。何故なら冒頭で書いたように、生駒里奈は乃木坂46を背負わされた人だったからだ。

これまでは、自分の身を削るようにして、乃木坂46のためにどうすべきかを考え行動してきたはずだ。もちろん、今だってその気持ちを捨ててはいないだろう。しかし、乃木坂46が大きくなり、比較的広く認知されたことで、彼女が身を削ってまで乃木坂46に奉仕しなければならない状態は終わったのかもしれない。個々に力がついてきて、一人一人が乃木坂46を代表できるような存在になってきているし、その循環がうまく行っている。それ故に、生駒里奈の負担が減った、というか、彼女自身がそう思えるようになった、ということなのではないかと思うのだ。

そうなってみてようやく彼女は、アイドルとして自分がどうありたいかを考えられるようになったのではないだろうか。だからこそ、前述したような「センター宣言」も飛び出したのだろう。もちろん、自分がセンターになることが乃木坂46のためになると考える部分もあるだろうが、「今まではなりたいと思ってセンターになったわけじゃないけど、今度はなりたいと思ってセンターをやりたい」という、自分の希望もそこには含まれているのだろうと思う。

とはいえ、生駒里奈にとって「アイドル」とはなかなか複雑な存在だ。

「アイドルをしている瞬間は最高に楽しいんですよ。そこに自分の素を求められたりすると、あたふたしちゃうんですけど」(「anan」No.2066/マガジンハウス)

そう言ったかと思えば、

「アイドルって矛盾だと思っています。私はそこが理解できないから難しい。芸能人は人気商売なところもあるので、その人を好きになってもらわないといけない部分はあるけど、私は私自身ではなくて、私が何かやってる時のその時間が好き、空間が好きって思ってもらいたいんです」(前出「BUBKA」)

と言ったりもする。これも僕は、解放から来る戸惑いなのだと思っている。今までは、「アイドルとして自分がどうありたいか」という問いなど、自分の内側に存在しなかったのだろう。「乃木坂46の生駒里奈としてどうあるべきか」という問いと奮闘し続けてきたはずだ。だから、少し肩の荷が下り、一人のアイドルとして振る舞えるようになった今、「アイドルとしてどうありたいか」という、多くの1期生が既に通り抜けただろう問いに囚われているということだろう。それはある意味で、彼女にとっては幸せなことなんだと思う。

ステージ上で生きる覚悟

アイドルとしてどうありたいかと悩む彼女も、やりたいことは明確だ。

「別に私のことを好きになってもらわなくても構わないから、私を見たその時間だけは『うわっ!』と思ってもらいたいんです」(前出「BUBKA」)

彼女は、自分のパフォーマンスで観客を驚かせたい。乃木坂46を一身に背負っていた少女が、自分の願望を口に出し、ステージ上で生きようと決意する。生駒里奈がそんな決断が出来るくらいに乃木坂46は大きくなったのだな、としみじみしてしまった。

東京ドームのステージで、彼女はこんな風に語った。

「昨日と今日、ここまでやってきて、すごく実感したことがあるんです。それは、『自信を持つということはこういうことなんだな』っていうことです。『自信は、ステージの上に立つ人間は必ず持たなきゃいけないもの』と初期のころに言われて(中略)それがずっと自分には持てなくて、その言葉が一番キライだった時期もありました。
でも今、分かったような気がします。ここでみんなで笑顔で歌って踊ること。そのことが、『自信を持つ』ということなんじゃないかなと思いました。それを気づかせてくれたメンバーのみんなと、そしてファンの皆さんに感謝を伝えたいなと思います。本当にありがとうございます」(「月刊AKB48グループ新聞 2017年11月号 東京ドームコンサート特集」/日刊スポーツ新聞社)

スクールカーストの最底辺にいて、自信がなく、乃木坂46の結成オーディションに猫背で登場した田舎の少女が、東京ドームのステージで「自信」について語る。小さな身体で乃木坂46を支え続けてきた少女が、ステージ上でパフォーマンスする喜びを語る。人気者がゴロゴロ育った乃木坂46の中で、少しずつ存在感が後退してしまっている現状を彼女自身がどう捉えているのかは推し量りようがないが、ここでなら生きられるという場所を見定められた人間は強いはずだ。すぐにとは言わないから、生駒里奈がまたセンターに返り咲く日が来るといいと切に願う。

さて、本日1月31日、生駒里奈は乃木坂46からの卒業を発表した。その点を踏まえれば、僕の今回の記事は的外れな部分も多いだろう。しかし、このまま載せていただくことにした。そもそもこの記事は、自分のブログで2017年12月18日に載せたものを転載してもらっている。卒業を含めた生駒里奈の記事についてはまた書く機会があるかもしれないが、今回は記事に手を加えないことにした。確かめる術はないが、卒業を決断する過程で、今回記事で書いたような葛藤を彼女がし続けてきたと、僕は思っているからだ。

生駒里奈、それは乃木坂46の背骨、そして原動力

筆者プロフィール

黒夜行
書店員です。基本的に普段は本を読んでいます。映画「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」を見て、乃木坂46のファンになりました。良い意味でも悪い意味でも、読んでくれた方をザワザワさせる文章が書けたらいいなと思っています。面白がって読んでくれる方が少しでもいてくれれば幸いです。(個人ブログ「黒夜行」)

COMMENTS

  1. 前者お二人のお話をお伺いしていろいろ納得出来ることばかりだなと。
    それを踏まえて、ここ数日間の1期生のコメント。
    時間の限られる場だから仕方が無いのかもしれませんが、変わり映えしない言葉ばかり。
    なんか、、、なんかもう少しなんとかならないものかと。感じるものが無いんですよ。
    それと運営の発表の仕方。
    誰しも20thの行方が気になるだろうに、もっとちゃんとファンをもやもやさせないような知らせ方は出来ないのだろうかと。

    • コメントありがとうございます~。

      僕自身は、最近の1期生のコメントもあまりまだ目にしていないし、運営の発表の仕方についてもさほど詳しくはありませんが、
      コメントについては、1期生も突然知った、というような情報を目にした記憶があるので、仕方ないのかもなぁと思ったりします。

      どういう発表の仕方だとベストでしょうかね?たぶんその時その時の状況で違うでしょうから、みんなが満足出来る形というのは難しいかもなぁー

  2. 私が最近、生駒ちゃんに持つ印象は「泣かなくなったな!」です。
    西野七瀬もかわったけどこの6年半で一番かわったメンバーは生駒ちゃんだと思います。

    「センターが可愛くないから」乃木坂46は売れない。と言われた初期。売り出す側は前田敦子になぞらえて「アイドルらしくない女の子の成長物語」のストーリーを演出したかったのでしょうけど、うまくいっているとは思えませんでした。
    5thシングルの選抜発表でいの一番に自分の立ち位置を見に行って「辛いおもいをいっぱいするポジションです。………」と語った時、覚悟を決めたのかな!とおもいました。でも、次のシングルで2列目に下がることを知った時に突っ伏して泣いて。いろんな感情があったと思います。

    AKB48との兼任を決断した時の生駒ちゃんは大きく大きく成長していたと思います。
    どう考えても芸能人にはむいていない。と思われた女の子が、いつの間にかプロになっていたと思いました。

    紅白歌合戦に初出場した翌年。「これから伸びていくのか?落ちていくのか?今が一番大切。」と生駒ちゃんが語った時。本当にグループのことを考えているんだなぁ。と思いました。桜井キャプテンも「自分が言えないとき、生駒が言ってくれる」と菊地亜美や野呂佳代に言っていましたよね。AKB48兼任の経験をふまえて、グループの成長に力をそそいでいたんでしょうね。「今の乃木坂46は最強。安心してまかせられる」生駒ちゃんにそこまでいわせるところまでグループが成長したんですから、ファンも生駒ちゃん旅立ちを祝福しましょう!

    • コメントありがとうございます~。

      確かに、生駒もメチャクチャ変わったメンバーの一人ですよね。
      僕は、乃木坂の初期の頃のことは知らないんですけど、「悲しみの忘れ方」を見て、最初の頃の生駒の感じと、今の自信がある(ように見せている)姿とは、やっぱり全然違いますもんね。

      センターは辛いとずっと言い続けていて、握手会でも辛い言葉を掛けられたと何かで発言していました。ホントに、よくそんな状況を耐え続けられたな、と思います。たぶん、(どのメンバーも大なり小なり同じでしょうが)見えていない部分での苦労が凄まじかっただろうなと思います。

      生駒は本当に常にグループ全体のことを考えていたので、表のリーダーは桜井玲香だけど、やはり乃木坂46という集団を底から支えていたのは生駒だったんだろうなぁ、と改めて思います。他のメンバーが生駒の卒業の報を聞いてどう感じたのか、これから色んなインタビューで出てくるでしょうから、また追っていきたいなと思います。

      これからもどんどん活躍していって欲しいですよね!

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