明日はいよいよ京都パルスプラザの全国握手会です。乃木坂46の6thシングル選抜発表があります。やきもきしていた時間も、残り一日を切りました。僕は京都全握は参加しません。ライターではなく、一読者として、乃木坂ジャーナルの選抜発表のレポート記事の更新を待ちたいと思います。
さて、今回は「選抜」の話です。乃木坂46に限らず、選抜って何なんでしょうね? 僕は選抜とは、単純に”選ばれしもの”ではなく、母体となる集合(グループ)の「一つの表現型」であると考えます。選抜とは、背後に控えているすべてを表現するものだと思います。例えば、オリンピック代表が素晴らしい行いをすれば、国全体が称賛されるし、逆に、何か不祥事があれば、国全体が叩かれます。
乃木坂に話を戻すと、乃木坂の選抜とは、アンダーを含めた33人の表現型であるわけです。全員の努力、全員の涙、全員の笑顔、全員の可能性、そういった多くの背景の表現型が選抜メンバーであろうと。
視点を変えて、それならば、非選抜(アンダー)とは何でしょう? 僕の考えはアンダー=ポテンシャルです。ポテンシャルとは潜在能力であり、もう少し具体的にいえばグループの力を底上げするものです。
乃木坂の力=魅力を増すには、選抜が頑張るのも勿論大事ですが、アンダーの頑張りも、必要不可欠だと思います。表題曲は選抜メンバーで作られますが、その曲が良いものになるには、アンダーの力が無関係とは思えません。
グループ内での「切磋琢磨」、早くから多くのポジションや選抜枠が固定され、他のどのグループよりも厳しい乃木坂の選抜システムです。大きく明暗を分けしまうシステムですが、アンダーがしっかりしていなければ、選抜の意味が薄れてしまいます。アンダーが乃木坂46の土台を作っているというように、アンダーの存在にも意義があることをファンである僕等から発信するのも、面白い試みかなと思います。
6th選抜が御披露目される時、僕達ファンは選抜メンバーを透して、背後にいるアンダーのみんなを感じたいし、逆に、アンダーのみんなは、自分たちも乃木坂を作っているという自覚を持ってもらいたい、それくらいの気概を持って欲しい。選抜発表前夜に、まだ見ぬアンダーメンバーたちにエールを送りたいと思います。
選抜とアンダーの露出度が違いすぎる〜
おっしゃる通りだと思います。
もちろん選抜のメンバーは選抜だから、メディアに出演する機会が多くなるし、初めて乃木坂をテレビなどで見る人にとっては『これが乃木坂46なんだ』となるわけです!
だから選抜メンバーは言わば、その時の乃木坂46の顔になるわけです。
しかし、露出が少なくなってしまうアンダーメンバーは『次こそは!!』と努力をし、自分が磨いてる姿に心踊らされます。
自分の推しは選抜メンバー常連ですが、アンダーメンバーに目がいってしまう自分がいます
選抜とはグループの「一つの表現型」という考えに同意です。であればこそ、もっと曲毎に大幅にメンバーを入れ替えて、乃木坂全体としての表現の幅を広げて欲しいとも思います。明日の6th選抜発表は、日銀の金融政策に負けない大胆な選抜メンバー構成となっているといいなあ。そうであれば、7th、8th・・・と今後の選抜発表がドキドキワクワクしたものになると思うし。もしまた3名程度の入れ替えだと、マンネリ感がすごく強くなりそう。
今思ったんだけど、なんで握手会なのに今までやってこなかった選抜発表をやるんだろうね?
なんか大幅にかわるんじゃないか?と思うのは俺だけかな?
飛鳥ブログ読むとチーム制になるっぽいな
3人入れ替え制が適正な数であるかはともかく、
あんまり大幅に入れ替えちゃうと一般の人たちからみて誰?ってことになってしまうとも思います。
アンダーの活躍の場はもっと増えてほしいですね。
アンダーは、選抜の曲もアンダーの曲も練習し、ライブでの選抜メンバー欠席の補充役までしてるんだから、選抜メンよりも評価されるべき。
それに、初期の頃みたいに、乃木どこにどんどんアンダーを出して欲しいね。