歌には2種類のものがあると考える。喜怒哀楽や愛、万国共通で共感されるテーマを歌うものと、社会事象やトレンド、今しかない現代を切りとるものだ。ただ、いずれを歌ったとしても、1つ、共通することがある。それは、いずれのテーマでも、歌の中にアーティスト自身の答えがあり、それをリスナーに問いかけていることだ。
数々の曲の中で、今までにない答えを投げかけ、リスナーの共感を生み出す曲は、アンセムと呼ばれる。街中に溢れ、ライブでシンガロングを生み、聴く者の手を空にあげさせる。語源の通り、特定の集団のシンボルとなる曲である。
3月22日に発売になる乃木坂46の新曲『インフルエンサー』は、2017年現代、これからの乃木坂46の1つの正解を示した、アンセムとなる曲だと考えている。この記事では、新曲『インフルエンサー』に、乃木坂46は何を答えとして掲げたかをいくつかの視点から筆者なりに分析し、アンセムとなりうる背景を述べたい。
まず、“インフルエンサー”という言葉自体は、元々はマーケティング用語の1つである。芸能人やスポーツ選手などに多く、SNSやブログなどで発信した情報が、そのファンのみならず、不特定多数の人間に影響を及ぼし、トレンドを作るとされている人物達を指す用語で、2015年くらいからデジタルマーケティング業界で話題になっているキーワードである。具体的な人物をあげれば、日本人でいえばタレントの渡辺直美やモデル・女優の水原希子、海外でいえばアメリカ合衆国のシンガーソングライター、テイラー・スウィフトなどがその際たるものである。
トレンドを作った実際の事例で最もわかりやすいものは、『PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)』であろう。2016年後半に突如現れたピコ太郎、ヒョウ柄とサングラスのど派手なカッコの中年男性が武道館単独ライブを実施できるまでになったことの発端は、カナダ出身の有名歌手、ジャスティン・ビーバーが「My favorite video on the internet.」と『PPAP』のYouTube動画へのリンクを自身のTwitterにポストしたことだ。その後瞬く間にYouTubeの再生回数は激増、TVでもネットでも“ピコ太郎”“PPAP”という文字が踊り、社会現象を巻き起こしたことは記憶に新しい。
自らの言動・思想が、世界に大きなインパクトを与えるインフルエンサー。なぜ、乃木坂46は、今年2月の「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」以後、新体制第1弾の曲のタイトルにその言葉を選んだのか。
2016年の乃木坂46は、自身初の紅白歌合戦出場から幕を開け、3名の1期生の卒業、全シングル新センター、3期生の加入、2年連続紅白という、激動の1年を駆け抜けながら、『旅立ちの祝福』『恋のトキメキ』『出会いと別れの意味』という多くのリスナーの共感を生む曲を世に送り出し、初のシングルミリオンを成し遂げた。
新曲『インフルエンサー』に、乃木坂46は何を答えとして掲げたのか。それは、乃木坂46が、アイドルの新しいスタンダードになるということだと考えている。そして、さらに多くの人々に知ってもらいに行くという意思表示だとこの新曲からは感じた。ここからは、歌詞、衣装、そしてミュージックビデオ(以下MV)のロケ地や時間などの演出、その3点からいま挙げた仮説の論拠を作ってみたい。
『乃木坂らしさは歌詞の中にある。』
この言葉は、2015年に催された「真夏の全国ツアー」の神宮球場公演のVTRの中に出てきたものである。そのツアーは、乃木坂46が“自分たちらしさ”を求め、メンバー1人1人にフォーカスされたPVや今までにない演出にも取り組んだものだった。その中で出たキャプテン桜井玲香の宣言、「どこにも負けないグループになる。」を実現しようとしている今、新曲『インフルエンサー』の歌詞から見える“乃木坂らしさ”とは何なのだろうか。それは、『メンバーの適性・個性を活かし、常にアウトプットを続ける』ということだと考える。
“重力 引力 引かれて 1から10まで君次第”
“存在するだけで 影響与えてる”
“もし君がいなくなったら 僕は僕じゃなくなる”
上記は、本作のサビからの抜粋だが、君≒乃木坂46が、聴く者の日々の意思決定のあらゆる面に入り込んでいる様子が描かれている。もともと、モデルとして活躍するメンバーが多く、メンバーの着ていた服を買った、コスメを真似た、というファンは多い。また、ファンの中には、メンバーが読んでいる本やマンガ、聴いている音楽がブログで紹介されると、それを買うという行動をとる者も散見される。
『好きなメンバーが良いというものは試してみたい。』という心理を生み出していること。これは、前述したマーケティング上の概念におけるインフルエンサーの機能に近く、モーニング娘。やAKB48とも違う、新しいアイドルのロールモデルではないだろうか。だからこそ、ファッションや舞台、アニメなどの領域を中心としたコラボレーションやメンバー個人個人の情報発信を今後も継続していくこと、その意思を『インフルエンサー』からは感じた。
そして、ロールモデル≒インフルエンサーになるという意思は、MVの中の2種類の歌衣装にも表れているととらえている。“Fashionsnap.com(ファッションスナップ・ドットコム)”というサイトが、東京コレクションから見た、2017年の春夏のトレンドをまとめているのだが、(参照2017年春夏のトレンドは?東京コレクションから読み解く6大キーワード | Fashionsnap.com)ここではその記事を参照しつつ、『インフルエンサー』の衣装をみてみたい。
まずは全員の揃いの衣装だが、ジャガード模様のパンツスタイルで、昨年からのトレンドのジェンダーレスな要素を取り入れている。また、人によって若干異なるが、腰のあたりにつけられたドレープがアシンメトリーになっている部分も、今年のトレンドが反映されている。
また、21人それぞれの個別衣装にも、ふんだんに今年のトレンドが取り入れられている。西野七瀬の肩についたファーや白石麻衣のボーダー柄スカートはシーズンレスさを、伊藤万理華や中田花奈の袖、生駒里奈の裾などに見られるエクストリームシルエット、桜井玲香の袖のレース、星野みなみの胸のリボン、井上小百合のトップスのギャザーなど、どのメンバーにも直近のトレンドをおさえた衣装があてがわれている。
加えて、個別衣装が白黒のモノトーンで構成されていることにも意図があると思う。ここでも歌詞の話に触れるが、2番のBメロでは、『ミュージックやファッションとか映画や小説とか何でも お気に入りを共有すれば時間を共有できるんだ』とある。明確にファッションという単語を出しており、ファッションに関してはトレンドセッターで居続けるという乃木坂46の姿勢が垣間見える部分だ。
だが、ここでMVの衣装があまりにカラフルだったり、一点物のエキセントリックなものであったらどうだろう。おしゃれなことには変わりないかもしれないが、親近感は一気に薄れる。言い換えれば、「真似をして近づこう」とは思われにくくなる。一方で、モノトーンなら、似たようなアイテムも見つかりやすく、私服でも使えるかもと思われるのではないか。“女性人気が高い”と言われる乃木坂46。その特性の濃さは今までのアイドルにはないものだ。今回の衣装は、これまで積み上げてきたものを信じきる、ファッションを中心としたカルチャー面での強みをこれまで以上に押し出していく。その意思が詰め込まれたものだと感じた。
最後に、歌詞・衣装に続いて、次世代のスタンダードになるという意思が色濃く出ているのが、MVの演出だととらえている。
まず、照明の演出において印象的だったシーンから述べたい。2番のサビが終わり、Wセンターの西野・白石とそれ以外のメンバーのダンスシーンが交互に流れる間奏で、終わりの方の3分28秒〜33秒にかけての赤と青のライトが点滅してからの、画面が切り替わり、紫色の明かりに佇むWセンターの2人が映し出されるまでの部分である。乃木坂46のイメージカラーである紫の構成色の赤と青を混ぜる演出は、2ndアルバム『それぞれの椅子』や、2016年の「真夏の全国ツアー」の各地方公演でも取り入れられてきたものであり、ファンにとっては馴染みのあるものだ。
その上で、新体制第1弾の楽曲で、1・2を争う知名度を持つWセンターを改めてその色の中に立たせることは、赤と青のように、相反する意見も、嬉しいこともそうでないことも、全てを飲み込んで進み続けることの意志を改めて示すことだと、筆者には感じられた。
また、公式ホームページではロケ地は明らかにされてはないが、Twitterなどの情報を参照する限り、サビのシーンを撮影したのは東急プラザ現在の“KIRIKO LOUNGE(キリコラウンジ)”と思われる。なぜこの場所が選ばれたかについて考察するにあたっては東急プラザ銀座のコンセプトページ(参照ABOUT|東急プラザ銀座東急プラザ)を参照したい。そこには以下のようなコンセプトが込められていた。
『伝統と革新の融合の象徴』
『さまざまな文化を受けいれながら新しい情報を創り発信していく』
これはまさに、2017年からの乃木坂46を示すものではないだろうか。学園モノアイドルと、ファッションや演劇というカルチャーの融合、そこから、ドラマ・舞台・ラジオと様々なシーンへ進出してきた乃木坂46の歴史。そして、各種ファッションシーンとのコラボレーション、舞台×映画の同時企画という新しい取り組み、3期生という新しい風を受け入れて進むこれからの未来。その2つをそのまま示そうとした時、今回の撮影地はまさにベストチョイスであり、加えるのであれば、これまで乃木坂46の数々のMVを手掛けてきた丸山健志監督だからこそできたものだと思う。
本記事では、乃木坂46の新曲『インフルエンサー』に込められた、自身の2017年に、そして現在のアイドルシーンに向けた答えを、歌詞・衣装・MVから読み取ってみた。
今、乃木坂46が出した答えが正しかったかを証明するのは誰だろう。それはこの曲のリスナー、この記事を読んでくださったファンの1人1人だと思う。この曲を聴き、その手を高くあげること。この曲をアンセムとして歌うことで、乃木坂46は間違ってないと、世界に示せるかどうかに、かかっていると思っている。
アイドルシーンのスタンダード、つまりは国民的アイドルに至るまでの道のりは平坦ではないし、決して約束されたものではない。舞台・映画『あさひなぐ』の稽古もスタートし、各メンバーの元々持つ外仕事+乃木坂46としての仕事にさらに負担をかける中、この春がすぎれば、すぐに全国ツアーの夏が来る。アンダーメンバーや3期生はその中でどういった役割を果たしていくのか。メンバーは体力的に、精神的に果たしてそれを乗り越えられるのか。
戦いの結末は、いつも以上に違う夏の先にある。それが今から楽しみだ。
(文・TUNE)
1.乃木坂46 『インフルエンサー』 – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=r4SdiT7mm7Y
2.アンセムの語源
アンセム – Wikipedia
3.インフルエンサーの語源
インフルエンサーとは – コトバンク
4.ジャスティン・ビーバー公式Twitter
https://twitter.com/justinbieber/status/780860684426895360
5.Fashionsnap.com
2017年春夏のトレンドは?東京コレクションから読み解く6大キーワード | Fashionsnap.com
6.江戸切子協同組合Twitter
https://twitter.com/edokiriko/status/837501911796326401
7.東急プラザ銀座公式ホームページ
EVENT SPACE|東急プラザ銀座東急プラザ
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